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ホストファミリーと再会の記念写真 |
1度目。高校で1年間留学した時「何事もたった一人でやる」良い機会でもあったので、出発の時はタクシーを呼び、玄関先で家族皆で見送った。
メール・電話は出来ず、一週間かかる手紙だけの環境では、さすがにマイッタのか2ヵ月後にホストマザーが電話を取り次いでかけてきた。
ホームシックについて本人は否定していたけれど、そこで、ものすごく沈んだ声を聞きました。
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(高校の時滞在していたホームステーの家。現在ファミリーは新築の家に引越した) |
英英辞書機能がついた電子辞書は、高かったけどすぐに壊れたので、次には安い電子辞書を送ったことがありました。
何軒も探しまわってシェークスピアの翻訳本を送ったり、ホストファミリーや友人のためのプレゼントも何回か送りました。
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(大学構内で電話する娘) |
昨年6月アメリカの公立高校を卒業して帰国。そして日本の高校3年生に編入。
(アメリカは高校まで義務教育)
さばさばした性格を得たゆえか、日本での人間関係では一苦労あったようです。
2度目の今回、高校時のホームステーでお世話になったホストファミリーへのお礼と大学寮までの荷物を運び娘を見送りました。
同行した妻の母は涙を流してわかれましたが、娘はサラリと手を振るだけでした。 |

(今回の目的の一つは、娘の荷物を運ぶ事なのでミニバンをレンタルした) |

(寮の中。質素そのもの、壁はブロック、机のベニヤ板がはがれている所もあった。部屋の明かりがあまりに暗いので、スーパーに行って電気スタンドをすぐに購入した) |
親としては、今回の見送り旅行、お世話になったホームステー先の家族親戚に会って、娘が得たものの大きさを感じました。
ホームステー先での会話のやり取りやスーパーマーケットで寝具などを一緒に買物しながら、娘の言動から新しいニュアンスがあることに気づかされました。
もう明らかに違う自我と世界を感じました。
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(大学校舎の一つ。学校敷地は広大で、道路をはさんで教室・グラウンドと寮の施設が分断されていた。たっぷりした駐車場がそこかしこにあり印象的だった) |
アメリカは大きな国です。
合理的で実力主義で、でも今の日本より人のあたたかさのある国でもありました。
4年間、元気で過ごすように。
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