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変える・守る・育てる・創る 
 

取材・文 三好かやの
『農業経営者』2000年7月号

大型スーパーの隣のトマト屋

 東武野田線、東岩槻の駅から、関根さんの家を目指した。「トョペットの向かいのトマト屋。そういえばわかります」駅から道路沿いに歩いていくと、行けども行けども店舗と家ばかり。10分ほど歩くと、「ヨークマート」という大型スーパーがあり、そこを過ぎるといきなりハウスが現れた。トマトが天井近くまで伸び、葉を茂らせているのが見える。向かい側にトョペット、あった!「やまた園芸」の直売所だ。大きなトマトのオプジェが、「いらっしやい!」といわんばかりに出迎えてくれた。直売所でお客さんの対応に当たっているのは、関根佐智子さん(43歳)。「ゴールデンウィークまで、トマトがたくさん穫れていたので、ここにズラッとトマトの箱を並べて販売していました。手土産に箱で買っていかれるんです。自宅用の人は袋で買う人が多いですね」

 「山に太の字」の「やまた」は、関根家の屋号である。16年前に佐智子さんが嫁いできた時には既に直売所があり、接客はずっと女性陣が担当して「結婚前は、日本橋の会社で事務をやっていたので、接客の経験はありませんでした。こんなにたくさんハウスがあって、直売やってるなんて知らなかった。もう、来てみてびっくり!」
 と、当時を振り返るが、今は亡き接客上手のおばあさん、そしてお母さんの喜興恵さんに盛り立てられ、今では直売所の「顔」として活躍している。


おいしいキャッチボール

 やまた園芸では、朝収穫したトマトやキュウリを箱や袋に詰め、午前11時から午後5時30分までの間、直売所で販売している。お客さんの声は、店番をしている佐智子さんにストレートに届く。「今年は甘くて美味しいね」という嬉しい声もあれば、どうしても青いトマトしか取れなかった日は、「これまだ青いね」といって帰ろうとする人も。そんな時、「冷蔵庫へ入れないで、ひと晩寝かすとちやんと赤くなりますよ」と声をかける。すると納得して買っていく、そんな一声があるかないかでお客の反応は変わってくるようだ。さらに、熟しすぎたり、形の悪いトマトを「ソースにどうぞ」と配ったところ、お客さんの一人がトマトのぺ−ストを作って持ってきてくれた。それが美味しかったので、レシピを聞いてパンフレットを作って配ったり…。そんな生産者と消費者の「おいしいキャッチボール」ができるのも、佐智子さんが細やかな対応を欠かさないからだろう。

 キュウリについても同様だ。「キュウリって、一日見逃しちゃうと、ドッと大きくなっちゃうでしょ。スーパーにはそんなの置いていないけど、わざわざ『大きいのください』っていう人もいるんです」どうやって食べるのか尋ねると、「味噌汁に入れる」冬瓜みたいに煮て、あんかけにして食べる」のだという。そうか。大きくなったらなったで、それを生かす調理法があるんだ。自分も含めて、今はそれを知らない消費者が多すぎる。第一、大きいキュウリ」にお目にかかる機会がない。料理本や料理番組に出てくるのは、細くてまっすぐなキュウリばかり。いつの間にかキユウリはそういうものだと「洗脳」されてしまっているのだ。よくよく考えれば、生食にもソースにも同じトマト、サラダにも潰物にも同じキュウリを「使わされて」いるのは、おかしいのではないか?もし、街に一軒関根さんのような「トマト屋」や「キュウリ屋」があって、大きさや成熟度に応じた調理法を学ぶことができたら、主婦は料理のレパートリーを増やすことができるし、生産者はロスを減らせるだろう。直売所でのやりとりを聞くにつけ、規格品しか消費者に届かない現状では作る者も食べる者もお互い「損」をしてことに気づかされる。


毎日大変、だけどしあわせ

 直売所が位置するのは、御成街道と旧16号を結ぶ道路。周りを住宅地に囲まれているので、近所の主婦はもとより、通動帰りのサラリーマン、東京方面から買いにくる人もいるという。これだけの集客が見込めるのは、住宅地に周まれ、幹線道路に面した立地によるところが多いが、昭和40年頃は、見渡す限り田んぼだったという。それから埼玉県の主導で宅地開発がはじまり、あれよあれよという間にまわりは住宅地になっていった。隣にスーパーができる以前は、「もっと大きなデパートを」という話が持ち上がったこともあったそうだが、関根さんは、頑として受け入れず、野菜と米の栽培を続けてきた。しだいに住民も増え、直接家を訪ねて「トマトください」という人も出てきた。「そのたびに仕事を中断するのが厄介になってきて。いっそのこと店を出しちやった方が楽なんじやないかと」と、繁さんは当時を振り返る。そうして20年前、直売所を設けた。

 2月から7月にかけて、早朝に収穫、選別や箱づめ、11時から夕方まで営業といったスケジユールが休みなく続く。佐智子さん、潔さん、父繁さん、母喜興恵さん、さらに88歳の義秋さんも加わって総出で日々の業務をこなしている。
 夏野菜のシーズンが終われば、畑の片付け。9月から翌年の苗作りが始まる。稲刈りが終わると、堆肥用のワラ集め。自分の田んぼだけでは足りないので、市内の農家へ出向き、トラックに積んで運ばなければならない。
「家族みんなで、大人5人、みんなが仕事を分担して、朝からずっと働いているんです。家族でやる仕事は大変だけれど、いつも同じ目的を持って、おじいちやん、お父さん、お母さん、みんな一緒に仕事ができるのはいいなあと。大変だけど、しあわせだなあつて」

 家族みんなで朝から仕事に追われる。農家に嫁いで「それがィヤ」だとか「煩わしい」という人もいる。労働量や気配りの多さから、「大変さ」ばかりが先に立ちそうな状況で、「だけどしあわせ」と言い切ってしまう佐智子さんは、スゴいなあと思う。そのスゴさの源は、どこにあるのだろう?佐智子さんは越谷の兼業農家の出身。稲作のかたわら農閑期にはダルマ作りを営む家だった。冬場の3ヵ月は、家族みんなで作業に追われる、夜なべ仕事も少なくなかったが、「私もまだちっちゃかったけど、ダルマ張りを手伝ったりしていました」

 サラリーマン家庭出身の私には、そういう体験はないのだが、「家族総出で大変。だけどそれがしあわせ」という空気を、佐智子さんはご自身の両親から伝えられ、ちやんと受けて受け止めていた人なのではないかと思う。

 一方、夫の潔さんは、中学時代「家の仕事は手伝わない。その代わりできたものも食べない」というくらい、反抗的な時期もあったそうだ。そんな彼が今では「やまた園芸」のホームページに、「伝えたい大家族の良さと農業の良さ」という文章を載せているではないか!
「年寄り達は『大家族』の良さを伝えてきませんでした。大家族の大変さを本当に理解していただきたいのは、小姑ではなくおじいさん、おばあさんなのです」たしかに私自身、農家を訪ね歩いていると、うらやましいと思うことが多い。まず保育園がいらない。複数の大人で子どもを育てられる。食べ物の大切さを能書きではなく、実地で教えられる。そして何より、佐智子さんの言っていた「同じ目的」を持って頑張れる。農家の大変さには、お金に換算できない「しあわせ」がちゃんとセットになつている。


都市で作り続けるために

 都市農業の場合、関根さんのように販売に有利な立地に恵まれている反面、「マイナス」面も少なくない。
「畑にゴミを捨てられる。朝から作業していると、うるさいと苦情が出る。田んぼからトラクターを出す時、道路に泥を落とさないように気をつけないと…」と繁さん。日々の作業の中での気配りもさることながら、農地が市街化区域にあるために、土地の評価額が莫大な額になってしまうのだ。「土地の90%は生産緑地の指定を受けていますが、相続税対策のためにすべてを生産緑地にできない実情もあります。田畑なのに高い固定資産税と都市計画税を払わなけれぱならない」と潔さんは憤りを隠さない。宅地化を望む声が多い都市部では、農家が代がわりすると農地がごっそり半滅したり、あっという間に宅地になるケースが少なくない。そんな中でいかにして農業を続けていくのか…解決策はなかなか見出せないのが実情である。
「だからこそ、今のしあわせを大切にしたい」と佐智子さん。

 消費者が身近にいる。そのためにいいことも、そうでないこともあるけれど、「いいこと」を最大限に生かそう。それが関根家のスタンスのように思う。関根さんはまた、市内でイチゴ、ブドウ、鶏卵、クワィ、米、花卉などの直売所を構える8軒の農家とネットワークを結び、CSA(Community Supported Agriculture:地域に支えられた農業の意)を結成。今年の5月には、市内の親子を招き「親子ふれあい農業教室」を開催し、みんなで田植えをした。「田植えの後に、田んぼの一画に金魚を放して子どもたちにつかみ取りをさせると、もう泥だらけで、夢中になってお尻まで浸かつている子もいました」と佐智子さん。農家でなげれば体験できない「しあわせ」のおすそ分けのようなイベントを、これからも積極的に実施していく予定だ。「直売は、男手ひとつでやるわけにはいきません。これは女性と一緒にやっていく事業だと。総会や懇親会もいつも一緒に参加しています」と潔さん。たしかに。消費者だって直売所から強面のオヤジが出てくるより、気安く話せるお母さんがいてくれた方が嬉しい。直売所というのはとかく裏方とされがちな女性を、ごく自然に表に引き出す「舞台」でもあるのだ。さらに潔さんは、昨年から独自のホームぺ−ジを開設。トマトやキュウリの栽培過程を詳しく紹介する他、農家の実状なども載せている。その中には佐智子さんのヨーロッパ研修の活動報告もある。

 「母は私を『娘』と呼び『自分の体験した事は、くり返したくない』と言います。自分が辛い経験をしたからこそ、相手の気持ちが理解できる。母の姿から、もう一つ勉強することができました。母も花が好きで、庭や直売所の周りに種をまき、いつも季節の花で一杯にします。ヨーロッパの風景を見て、花や街並みが美しかったのですが、すぐそばにも、見習うべき母の姿がありました」ここでいう「母」とは喜興恵さんのことだ。ヨーロッパの研修に行くと、街並みの美しさに感動して、帰ってくるなり家のまわりを色とりどりの洋花の苗で埋め尽くしたそんな話を何度か聞いたことがある。帰ってきて、もう一度自分の家の庭を見て、「私にはお母さんというお手本がいる」と再認識した。そんな話をしてくれたのは、佐智子さんが初めてだ。これもまた、彼女の「スゴさ」だと思う。研修先で見た目新しいものを取り人れるのも大切だが、元から自分の足元にあったものの良さに気づく。簡単なようでなかなかできることじやない。そもそもこの海外研修、自分から申し込んだわけではなかった。参加者の一人が、急にキャンセルすることになり、その代わりに行かないかという話が舞い込んできたのだそうだ。「お父さんとお母さんに聞かないと、12日も家を開けられない」という佐智子さんだったが、家族は「行っといで」と、後押ししてくれた。そんな所にも、関根家の太っ腹の大家族パワーを感じてしまう。

 佐智子さんは、決して「私が、私が」というタイプではないけれど、家族総出で働く経営体の中で、みんなが気持ちよく働ける空気を生み出している。帳簿にはなかなか現れないけれど、それも家という経営体をスムーズに回していくために欠かせない「経営手腕」のひとつなのだと教えられた。

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