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三世代の女性がつなぐ直売所は

スーパーに負けない販売力

取材・文:三好かやの
「農業経営者」2003年1月号掲載

「恥ずかしい」を乗り越えて
直売の口火を切った嫁姑コンビ

 トマト、キュウリの栽培を手懸ける「やまた園芸」は、埼玉県岩槻市の住宅地、御成街道沿いに位置している。毎年2月下旬〜7月中旬にかけ、街道に面した直売所で販売。店頭でお客さんの対応に当たるのは、関根喜與恵さん(69歳)と佐智子さん(45歳)だ。

 ハウスの向こうには、スーパーの「ヨークマート」が見える。それでも直売の時期になると、近所はもちろん遠くから車を飛ばし、お客さんがやってくる。

栽培には家族5人で当たっている。91歳の義秋さんは連日自転車で畑に赴き、その息子の繁さん喜與恵さん夫妻、そのまた息子の潔さん佐智子さん夫妻の三世代も一丸となって家業に打ち込む……隣にスーパーがあろうとも、決して負けない商品力と販売力の背景には、家族経営の底力がある。

直売が始まったのは昭和53年ごろ。喜與恵さんと姑のたつさんが、トマトを軽トラに積んで、近くの団地に売りに出たのが始まりだった。このたつおばあちゃん、すこぶる社交的な女性で、近所の縁談を何組もまとめた仲人の達人だったという。ところが、

「おばあちゃんと2人、『どうぞトマト使ってください』ってお辞儀をしたんですけど、誰も寄ってこなかった。これじゃ売れない。街道沿いにコンテナを並べて『いかがですか?』。最初は露天商でした。『いらっしゃいませ』っていうのが恥ずかしかった。今は平気になりましたけどね」(喜與恵さん)

 それでも「お店で売っているのよりもおいしい」という口コミが伝わり、直接買いにくる人が徐々に増えてきた。18年前に佐智子さんが嫁いだころには、男性が栽培し女性が直売所に立つ現在のスタイルが確立されていた。

「私もアルバイトもお客さん相手の仕事はしたことがなくて、最初は声を出すのが恥ずかしかった。『いらっしゃいませ』って、なかなかいえませんでした」(佐智子さん)

 直売の礎を築いたたつおばあちゃんが他界した後も、販売のノウハウは喜與恵さんと佐智子さんに、脈々と受け継がれている。

 毎朝採れたての野菜を袋詰めにして直売所へ運ぶと、11時の開店を待ちきれずにもうお客さんが待っている。隣にハウスが並んでいるのだから、採れたてなのは一目瞭然。人の好みはそれぞれで、敢えて変形の格安品を求める人もいれば、冬瓜ほどに大きくなったキュウリを求める人もいる。

「お母さんが畑でつくったダイコンとか、うちで食べきれないときは、もれなくお客さんにあげちゃうんです。もちろんタダでね」(佐智子さん)

 初めての人も常連さんにも、もれなくプレゼント。なくなったらそれでおしまい。スーパーには真似できないサービスだ。ジャガイモやタマネギ、白菜などたくさん作ったものは一部販売もしているが、白菜はそのまま並べるよりも、喜與恵さんが漬物にした方がよく売れるという。

「若い人が多いし、今は家族も少ないからでしょうね」(喜與恵さん)

 消費者の動向や好みがストレートに伝わってくるのも、直売所ならでは。

「キュウリの漬け方とか、トマトをピューレにする方法とか、逆にお客さんに教えられることもあります」(佐智子さん)

 人を介して野菜を売り買いすることで、買い手は食べ方を、売り手は販売や栽培のヒントを学んでいく。昔の八百屋さんでは当たり前だった光景が、今は却って新鮮なのかもしれない。

公私混同の家族経営
だから、できることも

 農繁期には家族以外にパートも2人雇い入れているが、法人化の予定はない。たしかに収穫と販売が重なる時期は全員忙しいが、次作の準備に入る冬場は比較的のんびりできる。

「夏はたしかに大変だけど、その分冬は家のことをお父さん、お母さんに任せて旅行にもいける」(佐智子さん)

 家族経営がもたらす公私混同の生活形態は、前近代的で特に女性の自由を奪っているといわれてきたけれど、やり方しだいで「自由業」にもなる。

「自分の時間は自分で作らなきゃ」(喜與恵さん)

 近頃は息子の結婚が決まると、別棟の新居を建てる親や、アパートを借りて通勤農業をする若夫婦も多い。親の世代から遠慮して、別居を申し出るケースが少なくないらしい。農村もみんな核家族になっていくのだろうか?

「経済が伸びていたときは、核家族や企業化がもてはやされていたけれど、不景気もここまでくると、どっちも限界が見えてくる。大家族も捨てたもんじゃない」(繁さん)

 三世代ががっちりスクラムを組んで取り組む家族経営。企業に真似できない個性的な経営体となる可能性を秘めている。


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