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管轄沿革
中世1000年前 東国は朝廷の支配下に非ず、名前のみ朝廷公家寺院領であった。例:八条領
朝廷公家の馬区の牧場であった。例:大牧、内牧
上野近辺は、坂東八平氏の末裔「武蔵七党」威を振るってい、中でも野与党と支配していた。
 鬼窪氏、白岡氏、渋江氏、多賀谷氏、箕輪氏、金重氏、柏崎氏など。
安土桃山時代 太田氏房の岩槻落城悲話(南辻鎧宮八幡ヨロイノミヤハチマンよりの神主渡御の物語
天正18年 徳川氏の支配下(北条氏滅亡のため関東一円は一部を除いて家康の下に)
高力河内守清長(高力氏は家康三奉行:本田・天野・高力)が治める。
元和5年 高力清長の孫忠房が遠州浜松に移り、青山伯耆守忠俊に代わる。
元和9年 青山が上総大多喜城に移され、阿部備中守正次、重次、定高、正春、正盛と五代続く。
天和元年 老中・板倉内膳正重種
天和2年 戸田山城守忠昌
貞享3年 松平伊賀守忠周
元禄10年 小笠原佐渡守長重
正徳元年 永井直敬、尚平、直陳
宝暦6年 幕府直轄領となる。代官支配、古ヶ場は幕府旗本領。
維新の初 武蔵知県事
明治2年 大宮県すぐに浦和県に改称。
明治4年 埼玉県の所管となる。
明治5年 3字(辻・上野・古ヶ場)による戸長制。役場は古ヶ場加藤家、同家別所有地の棟を使用。
明治22年 慈恩寺村